【「いただきます」と「ごちそうさま」】〜ぼくがオーストラリアの保育園で学んだこと〜

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はじめに

 


数年前まで日本の保育園で働いていたぼくですが、
「海外の保育園ってどんな感じなんだろう?」「海外ってどんな保育してるんだろう?」という思いから、
2014年から2016年の始めまでワーキングホリデービザを使ってオーストラリアへ行き、
英語を勉強し、オーストラリアの保育園で働くための保育士資格を取り、
約5ヶ月間、現地の保育園で働いてみました。
 
 
その約5ヶ月の間に、現地の保育園で様々な経験をすることができたので、
その中で学んだこと、気がついたこと、日本の子育て•保育との違いなどをまとめていこうと思います。

 



 
ちなみに、現在はワーホリのビザがもう切れてしまったので、
今は日本で暮らしながらこの記事を書いています。
 
 
海外(オーストラリア)の保育•子育てを間近で見てきたから分かることがたくさんあります。多くの人に知ってほしいと思うことがたくさんあります。
 
日本の保育園•幼稚園で働いている方、
子どもと関わる仕事をしている方、
日本で育児•子育てをしている方、
海外の保育園に興味がある方にぜひとも読んでもらいたいです。
 
 
 
※注※ 
記事中では、ぼくがオーストラリアで働いていた園の名前をP園と記載しています。

 

 

 

食事の時の話


ご存知の方も多いと思いますが、英語圏の文化では食事の時に「いただきます」と「ごちそうさま」を言う習慣がありません。

このことはオーストラリアの保育園で働く以前から、オーストラリアで生活する中で知っていました。

 

 

彼らは食事の時に言うとしても、

「Let’s dig in」や「Let’s eat up」みたいな、

日本語にするなら

「さあ食べよう!」とか「食べようか!」という意味に近い言葉が使われることがほとんです。

日本のように、「(命を)いただきます」というよな感謝の気持ちを込めた挨拶ではないわけです。

 

 

「ごちそうさま」にしてもオーストラリアでは、

若者もダンディーなおっちゃんも食べ終わった時には、

「Done(終わり)」とか「I’m full(もうお腹いっぱい)」と言うことが多く、

食事を用意してくれた人に感謝する「ごちそうさま」という言葉を使うこともないわけです。

 

敬けんなキリスト教徒は食前に神への祈りを捧げている姿をよく見ました。

あの祈りは、日本の「いただきます」に近い意味合いがあるみたいです。

 

 

保育園では??


 

では、オーストラリアの保育園ではその辺りの所、どうだと思いますか?

 

日本の保育園や幼稚園では、

全員の食事が揃ったら、その日のお当番さんが「手を合わせましょう」「ぱっちん、合わせました!」「いた〜だきます」みたいな風景が多いんじゃないでしょうか。

 

 

配膳などについても、

日本では4歳や5歳になると、「給食当番」という、日本人の誰もが一度は経験のあるあの重要なポジションを任されるようになります。

 

 

これがオーストラリアのP園では、

ランチタイムやティータイム(おやつ)になると、

1人の先生が子どもたちに絵本を読み聞かせているあいだに

他の先生がテーブルのセッティングや食事の配膳を済ませます。

 

一番大きい5歳児のクラスでも子どもは手伝いません。

保育士がやっていました。

 

そして配膳が終わり、絵本も見終わると

名前を呼ばれた子から順番に手を洗いに行き、

そのまま席についた子からすぐに食べ始めます。

 

他の子を待つこともないし、「いただきます」も言わない。

言うのは「Teacher〜,,,,I don’t like fish〜」みたいなことだけ(笑)

 

 

そして食べ終わった子どもたちは、さっさと食器を片付け、

まだ食べ始めたばかりの子どももいる中でおもちゃを出してきて遊び始めます。

 

そして食べ終わる時には「ごちそうさま」はもちろん、特に言葉はありません。

食べ残した残飯を自分でゴミ箱へ捨て好きな遊びへと出かけていきます。

 

それがぼくがオーストラリアの保育園で見た食事の風景でした。

 

 

 

ケジメ


 

子育てや保育をするにあたって、

特に気をつけなければいけないのが、

「静」と「動」を使い分けることです。

 

実際に保育園で働くようになってその重要さは感じていました。

 

子どもは活発な存在ですが、どんな状況でもそういればよいというものではなく

生活の中では落ち着く場面も必要です。

絵本を読む、食事をする、昼寝をする時間は「静」、

電車に乗る、病院に行く、冠婚葬祭などの場面でも「静」が求められることが日本では多々あります。

 

 

日本の保育園で担任をしていた時、そこにはすごく気をつけるようにしていました。

 

ぼくのいう「静」の食事というのは、

黙って食べるということではなく、

会話を楽しみながらきちんと座って食べるというものです。

 

 

どうしても「動」の気持ちの方が強い幼児期の子どもたちにとっては大変なことではありますが、

「静」の時間を持つことは将来必ず必要になってくる(学校の授業など)ので

「同じ場所に一定時間留まる」という能力は幼児期のうちにある程度身につけていく必要があると思うんです。

だから、保育園ではそれを絵本や食事の時間から学んでいこうと。。。

 

 

ただ、幼児の集団生活の場では、

「静」の時間を目指す時には全員が意識するようにしなければ、

誰かが立ち歩いてフラフラしていると、座っている子まで気になってつられてしまいます。

 

だから、どうやって全体で「静」を意識する時間を持てばいいんだろうって

日本にいた時はそんなことを意識していました。

 

 

そんな中、P園では

先ほども書きましたが、

「いただきます」はまだしも「ごちそうさま」もなく、

食べ終わった子から楽しい楽しいおもちゃで遊び始めるんです。

 

まだ食べてる子は、それを見て心フワッフワしてます。

 

自分がまだ食べてるのに周りで楽しく遊んでる子がいたらそりゃ気になるし、

自分も早く遊びたいってなっちゃいますよね。

 

で、何がおこるかっていうと

まだ食事残ってるのに「もういらない」って食べ残して、遊び始めちゃうんです。

 

 

5歳児のクラスでは「早く遊びたいから」「好きなおもちゃを取りたいから」という理由で

まだ器に半分以上残っているのにゴミ箱に捨てて遊びに行く子が何人もいました。

 

 

ケジメも「静」もあったもんじゃない(笑)

 

 

それで1時間くらいしてから「Teacher,I’m hungry〜」って言ってくるのはあの時周りの遊びの雰囲気に気を奪われた子です(笑)

 

 

 

 

学んだこと


 

ただ実際、あの環境で子どもたちがこうなることはしょうがないと思います。

子どもですから。

 

食事とおもちゃだったら、そりゃあおもちゃ選びますよ。

子どもですから。

 

はい!

それでぼくが感じたのは、

そんな子どもたちだからこそ、

そこのケジメをつけれるように伝えていくのが教育であり子育てなのかなぁってことです。

 

「動」から気持ちを切り替えて「静」の時間を持つことも大切だよって分かりやすく伝えていくことが大事だなって思うんです。

 

 

P園の食事の場面ではそれが難しかったんです。

周りで楽しそうにおもちゃで遊んでる子がいて気持ちフワフワしてるのに

「落ち着いて座って食べなさい」って言われても、

4歳や5歳の子どもたちにそれはハードル高いスよね。

 

 

日本の教育は集団生活を意識し過ぎるって言われるけど、

集団生活を意識するからこそ育める能力がたくさんあると思います。

 

この話もきっとそれ。

日本では、周りのみんなも座ってご飯を食べてるから、「今は座る時」と知ることができるし「落ち着き」を感じることができる。

 

P園のあの状況のすべての理由が「いただきます」と「ごちそうさま」を言わないことにあるとは思いませんが、

少なくとも日本では「いただきます」と「ごちそうさま」を全員で行うことが

「静」と「動」を切り替える合図として機能になっている面もあることを感じました。

 

 

「いただきます」と「ごちそうさま」が本来は食材やそれを用意してくれた人に感謝するという意味があることはもちろん知っていますが、

落ち着いた時間を持つ、集団の雰囲気を変えるという面からみても、

「いただきます」と「ごちそうさま」の大切さを改めて思いました。

 

 

日本にいたら当たり前のことで何の疑問にも感じないことが、

文化も習慣も違う国の保育園で働くうちに多くの疑問に変わり、

真剣に考えるきっかけになりました。

 

 

「今まで内側からしか見ていなかったものを、外側から見る」

そんな新たな物の見方を覚えたオーストラリアでの生活でした。

 

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4 件のコメント

  • とても参考になりました。

    オーストラリアの保育を見てきた学生さんのつぶやきとして、「いただきますやごちそうさまをしないから、子どもを待たせなくていい。子どもにとっては、自分のしたいことができるからいい。」ということを聞いたことがあります。「果たしてそうだろうか」と思っていました。日本の文化にも良さがあるはずです。初めてオーストラリアのような文化に触れると、なんでもかんでも“自由”がいい、と見えてしまうのですね、きっと。でも、もっとよーく見つめると、別の視点も生まれることを教えていただきました。ありがとうございます。

    • もももさん、コメントありがとうございます。
      人によって見方はいろいろありますよね。ぼくも日本の保育園で働いていた時は伝統的な文化を疑問に感じることが多々あったのですが、オーストラリアで真逆の状態を見て多くのことに気がつくことができました。伝統的に続いてることにはやはりそれなりの意味があるのだと身をもって体感しました。

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