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オーストラリアと夢の国 〜ぼくがワーホリに行って感じたこと〜

タスマニア スチームエンジン

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はじめに

 

今回はオーストラリアで生活を始めて感じたことについて書こうと思います。

 

 

これはオーストラリアやその後の旅行で行ったアジアの国々の大自然の景色や町並みを見た時の感想なのですが、

自分のそれまでの価値観というか、自分が持っている枠の大きさを思い知らされたなって思うことがあったので強く印象に残っています。

 

何を思ったのか

 

ぼくがオーストラリアに行くことを決めた時、それまで海外に1度も行ったことがなく、パスポートすら持っていませんでした。オーストラリアに行くにあたってパスポートを取得したので、直前に友だちとタイに行ったのが初めての海外旅行になりました。

そんな海外初心者のぼくがオーストラリアの町並みや景色を見て頻繁に思っていたこと、

タスマニア ホバート

それは

 

「あ、何かここディズニーっぽい」

 

でした。

オーストラリア カナナラ

 

無限に広がるかのような乾燥した大地を見ながらの「ここディズニーっぽい」という思いに始まり、

 

オーストラリア ダーウィン

 

乾燥地帯にポツンと現れるガソリンスタンドを見ながら、

「ここウエスタンランドにありそうだな」とぼやき、

 

 

タスマニア スチームエンジン

レトロな機械を見ては、

「こんなやつディズニーのパーク内走ってるでしょ!」と言ってみたり、

 

カンボジア 遺跡

 

「はいここインディ•ジョーンズ」って、

 

 

タスマニア ホバート

 

タスマニア島の港を歩きながら、

「シーじゃん!もうここシーじゃん!」と連呼してみたり、

 

タスマニア 鉄道

「ウエスタンリバー鉄道?」

 

 

カナナラ オーストラリア

「あぁ自分で席取るタイプの飲食スペースね」って。

 

 

とまぁこんな感じで最初の頃はオーストラリアでいろんなものを見るたびに、

 

「ここディズニーみたい」

「これディズニーにありそう」

「ディズニーっぽいなぁ」って、

 

例えの対象がほぼディズニーでした。笑

 

 

さて、オーストラリアでこのように感じていたぼくですが、

そのことについて気がついたことが2つあります。

 

オーストラリア カフェ

 

ディズニーのクオリティの高さ

 

一つがディズニーランドやディズニーシーという空間のクオリティの高さです。

実は先日もディズニーに行ってきたばかりなのですが(ちなみにぼく、ディズニー大好きです。)、その時にも改めて思いました。

 

町並みだったり、岩の質感だったり、エリアごとにスパッと雰囲気が変わるのに、そのエリアに入ったらその世界を思い切り味わえる。

 

オーストラリアで似たような建物や景色を見て、

もしもディズニーのクオリティが中途半端なら「やっぱり本物は違うな」と感じたでしょうが、ぼくがオーストラリアで感じたのは「ディズニーにありそう」だということ。

 

そうやって同等に並べてしまうくらいディズニーのクオリティは高いんだってことに改めて気がつきました。

 

もちろんトゥモローランドとかトゥーンタウンの雰囲気はオーストラリアにもないので、ディズニーに行かないと味わえないですけどね。笑

タスマニア

 

自分の枠の大きさ

 

ディズニーのクオリティの高さと同時にもう一つ気がついたのが、

「自分の価値観の枠がディズニーで収まってる」ということ。

言い方を変えれば「自分の世界観がディズニーで見た景色だけで完結していた」ということです。

 

 

日本にいた時は、さっき写真であげたような景色って、それこそ写真で見るかテレビや映画で見るかみたいに2次元の枠の中にあったもので

それを気軽に3次元で体験できる場所がディズニーランドでありディズニーシーでした。

そんな中で、繰り返しディズニーに行くたびにいつの間にか「そういう場所を知った気になっちゃっていた」ことに気がついたのです。

 

「海外旅行に行かなくても気軽に外国の雰囲気を味わえる場所」として、そこで見たもの触れた感触が自分の中の基準となって価値観を固定してしまっていたことに気がついたんです。

 

これってディズニーのエリアのクオリティが高いからこそ起こりえたことだと思うし、ディズニーは非現実を楽しむ場所、夢の国なわけで、気軽に異国•異世界の雰囲気を味わえる場所としてあるわけです。

 

そんなディズニーも言ってしまえば人が作ったものです。もともと何もなかった場所にいろんな世界の一部を切り取って作り上げられた人工のものだから、それが自分の価値観のベースになっていたことに気がついて少しだけ「なんかイヤだな」と思ったのが正直なトコロ。

 

オーストラリアで「ディズニーに似ている」「ディズニーっぽい」と感じた景色や建物も、そこはやっぱり本物?とでもいうか、エリアが区切られてそこに存在しているんじゃなくて、街も自然も連続して存在していました。

 

 

ディズニーに行った時に「あ、このエリア、オーストラリアの◯◯みたい」と思うのか

オーストラリアに行った時に「あ、ここ、ディズニーの◯◯エリアみたい」と思うのか

この違いって大きいなと思いました。

 

 

「本物、本物」って言ってますが結局オーストラリアにある建物や町並みだってその土地の人が作ったものだから人工なんですけどね(笑)

ただやっぱりその現地にあるものを見て、その場所の匂い、音、人々を含めて感じることが大事な気がします。

 

ディズニーで外国の雰囲気は味わえるとしても、

どうしてもそこには日本人がいて、日本の匂いがして、日本の音がしますから。

カンボジア 遺跡

 

さいごに

 

今回の記事、受け取り方によってはディズニー批判みたいに感じる方もいるかもしれませんが、そうじゃありません。

ディズニーがダメで現地にある本物が良い!だからディズニーとか行かないでどんどん海外旅行に行こうよ!なんてことが言いたいわけではありません。

ディズニー大好きなぼくですから、これからもディズニーランドやディズニーシーには行くと思います。なんならアメリカのディズニーリゾートにも行きたいくらい。

 

今回の記事で書きたかったのは、

「自分がディズニーだけで完結していた」ことにオーストラリアで気がついた。

 

実際に海外を見てみたらディズニーにはディズニーの良さがあって、現地には現地の良さがあることがわかった。

 

ディズニーのクオリティが高いことを改めて感じた。

 

これくらいです。

 

 

これからは、あの時オーストラリアで感じた気持ちを忘れずに、現地で現地にある景色や物に触れて感じることも大切にしていきたいと思います。

 

そうすることによって自分の枠が広がっていく気がします。

 




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