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「愚痴=う◯こ」説

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あなたは愚痴(グチ)をよく言う方でしょうか?それともよく聞く方でしょうか?

 

毎日生活をしている中で誰かの愚痴を聞いたり、誰かに愚痴を言ったりすることってあると思います。

あんまりよくないのかなぁと思いつつ、ぼく自身もつい愚痴がこぼれることがあります。

そんな時、ぼくがいつも考えることがあります。

 

そもそも愚痴って?

「愚痴」を辞書で調べてみると、

「言っても仕方がないことをくどくどと言って嘆くこと。」とあります。

また、「愚痴」とはもともと仏教の言葉で、「心が愚か、真理に暗く、無知なこと」を表す言葉として使用されていました。

それが徐々に変化して、「言ってもしょうがないことを口に出して嘆くこと」に変化していったようです。

改めてみてみるとなかなか厳しい意味が含まれた言葉なんですね。

 

愚痴は排泄物と同じ

ぼくが「愚痴」と聞いていつもイメージするのは、う◯こです。

下品な例えで申し訳ないですが、こう例えるのが1番しっくりくるんです。この先「う◯こ」という言葉連発しますので、興味がある方だけ読み進めてみてください。笑

 

では、例えばですが、あなたが誰かに愚痴をぶつけているとします。口から出るのは言葉ですが、じゃあもしも相手にぶつけているのがう◯こだったらどうですか?

ぶつけられて嬉しい人なんていないですよね。愚痴を思いっきり吐く人って、相手にう◯こをぶつけてるっていう感覚が薄いんじゃないかと思うんです。

友だちをカフェや居酒屋に呼び出して、2時間ぶっ通しで仕事や恋愛の愚痴を言うってことは、聞く方からしたらう◯こぶつけられ続けるのと同じってことです。そんな状態で愉快に食事やお酒が楽しめるでしょうか。

 

愚痴とう◯この共通点

なぜぼくが愚痴とう◯こをイコールで考えるのかと言うと、共通点がいくつかあるからです。

 

例えば、愚痴も排泄物も体の中にできる不要な物の集まりです。

そしてどちらも体から出すとスッキリするんです。

もっと言えば、どちらも目の前で出されても処理に困るものだと思います。

 

イメージしてみてください。もし仮に目の前にいる人がしゃがみこんでう◯こし始めたら、、、「いやいや、トイレ行こうよ」って思いますよね?

愚痴を言うのは、誰かの目の前でう◯こし始めるのと同じ感覚でもいいと思うのです。

 

溜まるのはしょうがない

気をつけなければいけないのは、愚痴もう◯こも体に溜まったり体から出るのはしょうがない物だってこと。

我慢するのも良くないし、出したいのに出せない便秘状態になったりしたら厄介です。体を壊してしまうかもしれません。

ただ、みんな、う◯こしたかったら、トイレ行きますよね?個室入りますよね?自分でお尻拭きますよね?

それが「愚痴」になると、誰かの前で平気でぶりぶりして、当然のように誰かにお尻拭いてもらおうとしてませんか?

まだ生まれたての赤ちゃんならしょうがないと思います。オムツにう◯ちが出ちゃったら、周りの誰かに替えてもらわなきゃいけない時期が絶対にあります。でも、赤ちゃんだって失敗を繰り返しながらそのうちオムツははずれます。

一人前の大人が、愚痴という名の排泄物を自分で処理できないからといって誰かにオムツ替えしてもらったり、処理の仕方がわからないからといって人に投げつけていいのでしょうか。

 

愚痴とう◯この違うところ

愚痴とう◯こには違うところもあって、それは「愚痴は人に聞いてもらうことで楽になることがある」ってことです。

はじめにも言いましたが、愚痴はう◯こだぁって言ってるぼくも愚痴をこぼしてしまうことがあります。

愚痴というのは生きていれば体の中で絶対作られるし、体の外に出すとスッキリする。それは変わりません。

だからぼくがいつも気をつけているのは、

愚痴は出してもいいけれど、「今、自分は相手にう◯こをぶつけてるんだ」って感覚を持つこと。

う◯こぶつけられて嬉しい人なんていないんです。

それでも辛い気持ちに寄り添って何も言わずにぶつけられてくれる人がいます。

そういうイメージを持っていると、「今回は愚痴を聞いてくれてありがとう、今度はあなたの愚痴も聞くからね、いつでもぶつけて!お互いさまで行こう!」って自然と思えると思うんです。

 

どうせ愚痴を言うのなら

最後に一つだけ。

知っていますか?江戸時代の日本では、排泄物を肥溜め(こえだめ)という穴に溜めて、発酵させてから畑に撒いて野菜を育てる肥料として使用していました。

排泄物まで活用して新たな食材を生み出す。江戸時代が「理想的な循環型社会」と言われている所以です。

しかも、その発酵肥料を使った野菜は育ちが良く、当時としてはとても質の良い作物が育ったらしいのです。

つまり、人間の体から出た「う◯こ」は新たな作物(命の源)を生み出す力を持っているということです。

 

ということはですよ?ここまで、「愚痴=う◯こ」の話を進めてきましたが、

愚痴だって体から出る排泄物なんですよね?

じゃあ使い方を考えれば、愚痴だって

より良い物事を生み出す力になるんじゃないでしょうか?

 

「もっと遠くへ行けたら良いのに」という愚痴から自動車や電車が生まれました。

「もっと簡単に物が手に入れば良いのに」という愚痴からコンビニが生まれました。

「パソコンがもっとコンパクトになれば良いのに」という愚痴からスマートフォンが生まれました。

 

全部最初は愚痴なんです。でもこれらは愚痴じゃなくなった。愚痴とは「言っても仕方がないことをくどくどと言って嘆くこと。」でした。

くどくど言ってたことを言わなくても済むようになったんだとしたら、それはもう愚痴ではありません。

愚痴を言う人が嫌がられるのは、行動もせずにただ不満という名のう◯こを相手にぶつけるからで、解決策や上手く受け流す努力をしていないからかもしれません。

愚痴を言われる側からしたら、「あ、この人自分でお尻拭けない人だ」って無意識に思ってしまうから、関係が長続きしなかったり、人が離れていったりしてしまうのかもしれません。

 

どうせ言うなら、発酵した後に未来の自分の栄養になるような愚痴の使い方ができたら良いなと思っています。

 

「愚痴=う◯こ」の話でした。

いい歳の大人が「う◯こ、う◯こ」と何度も繰り返してすみませんでした。笑

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