幸せかくれんぼ

しろくま ゴールドコースト

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すごく突然ですけど、

「幸せ」を探してみたことってありますか?

 

人はよく言います。

「幸せになりたいな〜」とか「幸せになりて〜」とか。

そりゃあまぁ、幸せになりたいですか?なりたくないですか?って質問されたらほぼ100%の人が「なりたいです」って答えますよね。

 

みんながなりたいと思っている「幸せ」

良い人生を送るために不可欠だと思っている「幸せ」

 

さて、誰もが喉から手が出るほど欲しているその「幸せ」はどこにあるんだろう。

本気で「幸せ探し」をしてみたことありますか?

 

探さなければいけないということは、今ココにはないということなわけですが、

「幸せになりたい」って言うってことは、幸せは「なる」ものなのでしょうか。

 

「保育士になる」とか「公務員になる」ならわかります。

資格を取ったり、試験を受けたりしてなれるものだから。

でも、幸せになるのに資格がいる何て聞いたことないし、試験があるなんて聞いたこともない。

ということは、幸せは誰だって手に入れられるものなのかもしれないですね。

桜

 

違う見方をしてみます。

人は「幸せ」を手に入れようとするけれど、幸せって目に見えるものなんでしょうか?

 

「幸せ」っていう物体があるとは思えません。三角か四角か、何か形があるんでしょうか?あったらどこかに落ちているんでしょうか?

路地裏にキラキラ光って落ちていたり、険しい山道を登った先の岩陰にキラキラ光る「幸せ」という物体を掴み取れるなら、そりゃあもう全力で探しますよね。人よりも早くそれを手に入れた人が幸せになれるなら。

でも現実はそうじゃないようです。

新聞やテレビで「本日、◯◯山で『幸せ』が発見されました!発見者は愛知県在住のヒガンテさんです!」なんてニュース、見たことないですもんね。

 

ということは、

みんなが手に入れたい、なりたいと思っている「幸せ」という物自体があるわけではないみたい。

 

どこに隠れているんでしょうね、幸せ。

「幸せ」はかくれんぼが好きなんでしょうか。

フレーザー島

 

実はぼくも、本気で幸せ探しをしたことがあるんです。

24歳の時にワーホリビザを使ってオーストラリアで暮らしていた時、「幸せってどうやったらなれるんだろう?」って四六時中考えていた時期がありました。

もちろん、山に行っても川に行っても「幸せ」が落ちていないということは分かっていたので、そういう探し方はしていませんが(笑)

 

当時はですね、幸せって遠くにあるものだと思っていたんです。未来にあるというか。

「◯◯になったら幸せになれる」「◯◯を手に入れたら幸せになれる」と思っていました。

 

安定した生活を手に入れれば幸せになれる

お金持ちになったら幸せになれる

彼女ができたら幸せになれる

結婚したら幸せになれる

子どもができて、マイカーとマイホームを手に入れれば幸せになれるって思っていました。

 

だけど、オーストラリアでいろんな人と出会い、いろんな人生を見て、考えが変わってきました。

 

だって、お金持ちでも幸せそうじゃない人もいたし、結婚してもなんだか楽しそうじゃない人もいて、高級車と豪邸を所有しているのに日々プリプリプリプリ文句を言い続けている人もいるんです。

 

逆に、ボロボロの服着てボロボロの家に住んでいるけどすごく楽しそうに生活していて「俺は幸せもんだ」って自信満々に言う人もいて。

 

もうワケわからん。お手上げです。笑

 

でも、一つだけ分かってきたのは、

幸せは未来だけにあるものじゃないということ。もし幸せが遠くにあるんだとしたら、それを手に入れるまでの道のり、過程はなんなんだ!ってなっちゃいます。

山登りで頂上に着くことだけが喜びなら、登山口から9.9合目までは喜びじゃないことになっちゃいます。いやいや、5合目で野生の猿に会えたり、7合目で横風に耐えて咲く綺麗な花が咲いていたり、途中にだって喜びは十分あります。

御在所 三重

 

それと一緒で、未来にも幸せは待っているのかもしれませんが、今日だって明日だって幸せなはずです。

 

幸せを本気で探してみたら、「自分の内側にもうすでにあるのかもしれない」って思うようになりました。

 

何年か先の未来でもなく、目の前でもなく、自分の内側に、です。

 

 

つまり、たまにテレビとかで聞くあれです。

目の前に水が半分入ったコップがあります。

「半分しかない」と思うか「半分もある」と思うか。

 

何かの抽選会でクジを引くと2等の1万円が当たりました。

その直後に自分の後ろに並んでいた人が1等の5万円が当たりました。

その時に、「ヤッタ!1万円も当たった」と思うか「向こうは5万で俺は1万か」と思うか。

 

どちらも、事実は1つです。

コップに半分水が入っていること。抽選会で1万円が当たったこと。

それをどういう風に受け取るか、どのように解釈するか、

それによって心が満たされるか落ち込むか決まるのだとしたら、やっぱり幸せは自分の内側にあるものなんじゃないか。

 

例えば何かにすごく悩んでいて、つらくてつらくて誰かに話を聞いてもらう時があります。

たくさん話を聞いてもらって、アドバイスももらって、「何か元気出た!明日から頑張れそう!」と思えた時、変わったのは自分の捉え方です。

自分を苦しめていた環境や人間関係は話を聞いてもらった30分前と何も変わっていません。

誰もが一瞬で幸せになることはできるのかもしれませんね。

 

 

幸せはかくれんぼが好きなようです。

でも、「もういいかーい?」って公園や街中に探しに行ってもきっと見つかりません。

幸せはカラダの内側にかくれているようです。

 

「幸せ」は、自分が「幸せだ」「満たされている」と思った瞬間に、ヒョコッと顔を出し、ニコッと笑って「幸せ」を感じさせてくれる存在なんじゃないでしょうか。

 

これが今のぼくの「幸せの考え方」です。

 

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