「なんで勉強しなきゃいけないの?」と子どもに問われた時の答え方

フィリピン 子ども

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子どもが小学生や中学生になると、それまでよりも勉強する教科も量も増えてきます。

そして大人たちは子どもに対して「勉強しなさい」「勉強は大切だから」「ちゃんと宿題やりなさい」みたいに口すっぱく伝えると思います。

きっとその人自身も子どもの頃に同じことを言われてきたでしょう。

でも例えばある日子どもに、「なんで勉強ってしなきゃいけないの?」って聞かれたとしたら、あなたはどう答えますか?

 

自分のためにどれだけ頑張れる?

 自分のため」ですよね。

自分のために勉強したらダメなのって思わないでくださいね、全然ダメじゃありません。それで子どもが頑張れるならそれでいいと思います。

ただ、人って「自分のため」に頑張ろうとするモチベーションには限界があるらしいんです。

例えば勉強の場合なら、「困るのが自分だけなら別に勉強しなくても良いや」「勉強しなくても生きていけるし」なんて思うこともあるでしょう。

 

勉強しなくても生きていける?

もちろん勉強しなくても生きていくことはできると思います。

ただそこには条件が生まれます。その条件とは、「勉強しなくても就ける仕事」をして「勉強しなくてもできる娯楽」を楽しむみたいな、「勉強しなくても受け取れる範囲の人生を歩むこと」です。

勉強はしなくても生きていくことはできますが、勉強をすることでより良く生きていくことが可能になると思えばわかりやすいかもしれません。

ここで言う勉強っていうのは、学校でやるような国数英社理みたいなものだけじゃなくて、人間関係や集中力や行動力なども含みます。

しかし、そうやって子どもに伝えても、遠い未来をイメージしにくい子どもたちは「べつにより良くなくても今のままでいい」「普通でいいよ」「だから勉強しない」っていうスタンスの子どもが出てくるかもしれません。

 

本当は誰のため?

確かに学校で勉強するのは自分がより良く生きるためだと思います。

でもちょっと言い方を変えてみると印象がガラッと変わります。

ぼくは子どもから「なんで勉強しなきゃいけないの?」って聞かれたら、「自分の周りの人の役に立つために勉強するんだよ」って答えるようにしています。

人は「自分のため」だけをモチベーションにすると長続きしないなら、そこに「人のため」を加えてあげたらいいんじゃないかなって思います。

子どもが大きくなったとき、将来の恋人や結婚相手、両親、身近な友達が困っていたり悩んでいる時に何かしら役に立とうと思ったら、それなりの知識や経験、経済力がどうしても必要になってきます。相談されてアドバイスするにしても語彙力とか表現力とかね。

子どもの頃勉強をサボって楽な道や簡単な道ばかりを選んできたがために、本当に助けたい人の力になることができなかった。

そんなことが少しでも減らせるように今のうちからちゃんと勉強しておくんだよって子どもに言えたら、子どもの勉強に対するイメージって変わるんじゃないかと思うんですよね。

 

周りの役に立って自分が満足

仕事をするにしてもそうです。仕事って、どんな仕事でも絶対に誰かの役に立ってます。「自分のしている仕事は誰の役に立っているかな?」って考えてみてください。絶対誰かのためになってるはずです。

誰かの役に立ったからその対価として給料がもらえるわけです。

つまり、給料をたくさんもらっている人は、たくさんの人の役に立っているってことですよね。

 

子どもに「たくさん学んでたくさん経験することでよりたくさんの人の役に立てるようになるんだよ」って周りの大人が言えたら子どものモチベーションも変わるんじゃないでしょうか。

そして、そうすることで結局自分自身が周りから頼られたりして充実感を感じるようになれば、それって「自分のため」になってるってことですよね。

 

さいごに

教育者として、親として、この言い方が子どもにとって良いのかどうかははっきり分かりません。

ただ、子どもが「なんで勉強しなきゃいけないの??」って聞いてきた時に、

「将来(あなたが)困るから」「良い高校、良い大学に(あなたが)行けなくなるから」「社会に出た時に(あなたが)大変だから」みたいな「自分中心」の言い方だけじゃなくて、

「身近な人の役に立つために勉強するんだよ」

「困っている人を助ける力をつけるために今のうちから勉強しておくんだよ」

って伝えてあげることができれば、勉強への取り組み方も変わるんじゃないでしょうか。

 

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