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保育士のぼくが考える「怒る」と「叱る」の違いパート2!!!

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はじめに


約1年前、ぼくは「怒ること」と「叱ること」の違いについての記事を書きました。

 

あれから1年、、、

この1年の間に学んだことを通してぼくの考え方が変わってきていることに気がついたので今回は

 

新•「怒る」と「叱る」の違い!!!

 

について書いてみようと思います。

 

まずは以前の記事のおさらい


1年前に書いた記事がこちら↓↓↓

保育士のぼくが考える「怒る」と「叱る」の違い

なんですが、わざわざ読み返さなくてもいいように引用して簡単にまとめます。

 

 

まず、前提としてあったのが

 

「怒る」のは【理由が自分の都合中心】

「叱る」のは【理由が他人の成長中心】

という分け方

 

で、その例としてこんな話を載せました。

 

お母さんと子どもが電車に乗っていて、
乗っていることに飽きてきた子どもが食べ物が欲しい・ゲームがやりたいと駄々をこねはじめたとします。

お母さんが「今は持ってないからもう少しがまんしなさい」と伝えていたら、
ついに子どもは大声で泣き始める。

そしてお母さんが、

「いいかげんにしなさい!」
「電車は静かにする場所なの!」
「まわりの人に迷惑になるでしょ!」

なんて強めの口調で言ったとします。

 

さて、この状況、

これってお母さんは「怒った」のでしょうか?

それとも「叱った」のでしょうか?

 

その答えとして、

 

おそらくどちらでも解釈できますよね。

って。無責任なこと書いてますね(笑)

でもホントに、周りの人からみたらその人が「怒ってる」のか「叱ってるのか」ってあんまりわかりませんからね。

 

そして続けて、

 

「今、相手のことより自分のプライドや体裁や立場を考えて言ってしまったな」と思えば、

それは「怒った」だし、

「今のは◯◯が今後生きていく上で直した方がいいことだから」と思えば、

それは「叱った」になるわけです。

つまり、
ぼくのなかでは「怒る」と「叱る」というのはすごく主観的な価値観なんです。

 

と決めつけて書きました。1年前のぼく、挑戦的です。笑

 

そして当時のぼくの実践として、

 

ぼくは、保育園で子どもと関わるとき、そしてもちろん日常生活でも

「怒らない」ように気をつけています。

子どもが何かをして、注意をしたくなったり怒りたくなったらその瞬間に考えます。

「今から言おう(やろう)としてることは自分のためか?それともその子のためか?」って。

これで出された答えが「子どもの成長のため」であれば即叱ります。

「自分のため」だと思ったら、その気持ちを抑えるか伝え方を変えます。

 

と、こんな感じの内容を書きました。

今読み返すと生意気なこと言ってんなぁとか思っちゃいますけど、今もそんなに変わってないんだろうなぁと思う自分がいます(笑)

 

 

では、次に今のぼくの考え方を。

台湾

 

「怒る」という感情の裏にあるもの


 

誰かに対して「怒る」

何かに対して「怒る」ことがあると思いますが、

 

あなたは最近、いつ怒りましたか?

どんなことにイライラしましたか?

 

人でいうと上司、部下、家族、友だち、恋人、レストランの店員、

もしかしたら自分に対してイライラすることも?

 

また、

電車やバスが遅れたり、

楽しみにしていたお出かけの日に雨が降ったり、

自分のために買っておいたデザートを勝手に食べられたり、

子どもが毎日ゲームばかりで全然宿題やらなかったり、、、、。

 

 

1つくらい頭の中に「最近怒ったこと」「イライラしたこと」が思い浮かぶんじゃないでしょうか?

台湾 仏像

 

で、これはぼくが最近ある場所で聞いた話なんですが、

 

「怒り」や「イライラ」という感情を持った時、

必ずその前には何かしらの「期待」があるんですって。

 

 

自分が持った「期待」が満たされなかった時、人は「怒る」んだそうです。

 

 

電車やバスが予定通り来ると「期待していた」のに、遅れてきたから怒った。

 

絶対に晴れて欲しいと「期待していた」のに、雨が降ったからイライラしていた。

 

子どもには勉強していい成績を取って欲しいと「期待している」のに、ゴロゴロしてるから怒れてきた。

 

という感じで。

 

「怒る」ことだけでなく、落ち込んだり、泣いたりする人もいると思うので、

「感情的になる」という言葉を使ったほうがいいのかもしれません。

 

 

とにかく、

人は、自分の「期待」通りに物事が進まなかったから、「怒ったり」「落ち込んだり」するんだっていう話でした。

 

 

先ほどのあなたの頭に思い浮かんだ「最近怒ったこと」「イライラしたこと」も、

よくよく考えてみればどこかに自分の「期待」が含まれているんじゃないでしょうか?

 

 

 

なぜ「怒る」のか


そして、もう一つ。

これは以前に読んだ本に書いてあったことなのですが、

 

人が感情的になるのは「相手を支配するため」「相手を思い通りに動かすため」

 

という力が働いているんだそうです。しかも無意識的に。

 

怒ってみたり、泣いてみたり、落ち込んでみたり。

そうすることで周りからの関心を集めて、自分の進めたい方向へ持って行こうとする。「感情的になること」にはそんな力があるんだそうです。

義大世界 イーダワールド

 

どっちも一緒


 

ここまで「怒る」について2つのことを書きましたが、

次は「叱る」について、

 

ただ、叱るについては1年前に書いたこととあまり考えは変わっていなくてですね、、、

 

1年前の記事では、

「叱る」のは【理由が他人の成長中心】

と書きました。

 

 

怒鳴ったり、厳しいことを言う時に

「これは子どものためだから」

「生徒のためを思って」

「部下が成長してくれることを願って」

とそれぞれに思いがあって、相手にキツく言うこともあると思います。

 

 

1年前のぼくも、(以前の記事にも書いてありますが)「相手のためだと思ったらキツく言うのも仕方ない」と思っていました。

 

 

でも、今のぼくの考えは違います。

 

今のぼくの考えは、

 

 

”言われる側からしたらどっちも一緒”

 

です。

 

 

いくら自分が

「自分の期待通りにならなかったから」とプンプン怒っていても、

「相手の成長を願って」と思ってガミガミ叱っていても、

怒鳴られる相手からしたら、「うわぁこの人怒ってるぅ〜」ってことが強く印象に残るだけです。

 

 

別の言い方をすれば(これもその以前読んだ本に載っていた例えなんですが)、

 

 

「怒る」というのが相手を傷つける実弾の装填された銃だとして

 

「叱る」というのが相手を思いやる空砲の装填された銃だったとして

 

いくら「自分は空砲の入った銃を使って子どもを叱っているから大丈夫」と思っていても、

 

子どもからしたら「銃口を向けられている」という事実は同じ

なわけです。

 

実弾が入っていようとそれが空砲であろうと、相手に銃口を向けてコミュニケーションを取ろうとしているという事実には変わりない。

 

 

そんなことを知りました。

オーストラリア 子ども 保育園

 

さいごに


 

というわけで、

1年前のぼくは「怒る」と「叱る」の違いについて色々と感じ、実践していましたが

今のぼくは

「怒る」も「叱る」も、言われる側からしたら同じだなという考えに変わりました。

 

あの可愛い子どもたちに対して、

銃を片手にコミュニケーションは取りたくないというのが今の正直なところです。

 

 

じゃあ保育の現場に立っていて成長を「援助」する立場にある先生

子どもの「自立」を目指して子育てをしているお父さんやお母さんには為すすべがないのでしょうか??

 

いや、そんなことはないはずです!!

 

 

怒鳴られるから「怒る」も「叱る」も一緒くたになってしまうのだと考えれば、

解決策は「怒鳴らない」になりますか!

 

相手の成長を願って何かを伝える時に「怒鳴らずに」伝える方法はあると思います。

 

でもぼく自身、や〜っと「叱る」だの「怒る」だのの議論を越えたばかりの育ち盛りのヒガンテですので、まだまだ思いに実践がついていきません。

これからもいろんなことを経験し、そこからいろんなことを学び、

関わる子どもたちを幸せにしていきいと思っています。

 

それではまた。

 

 

 

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