負け犬が遠吠えた方が良い理由

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長い人生の中で誰だって負け犬になることがあると思います。

何を勝ち負けだと感じるかによるけど、

物事が上手くいくことや思い通りに行くことが「勝ち」なんだとしたら、

人生そうそう上手く行き続けるのって難しいですよね。山あり谷ありってやつです。

物事が上手くいかない、思い通りにいかない、今回はそんな状態を「負け犬状態」と考えます。

負け犬は遠吠えたらいい

「負け犬の遠吠え」って言葉聞いたことありますか?

どんな意味で捉えているでしょうか?

 

勝負事で負けた人が自分の情けなさをキャンキャンと弱音を吐いている姿でしょうか?

勝負事で負けた人が勝者とは遠く離れた場所で強がりのように吠えていることでしょうか?

どんな意味にしても、情けないとかかっこ悪いとかそんなニュアンスで使われることが多いですよね。

 

辞書を見ると、

臆病者が本人の前では出来ないくせに、陰では威張ったり悪口を言ったりすることのたとえ

弱い犬が相手から遠く離れたところで、尻込みしながら吠え立てることから
主に、勝ち目のない相手を陰でののしることのたとえとして使われる。

だそうです。

これは勝ち負けだけじゃなくて、何か悲しいことがあった、自分が惨めに思うことがあった時にも同じことが言えるんじゃないかと思います。

また、人によっては、遠吠えは恥ずかしい、情けないといって、無理矢理に心の中にしまい込んでしまう場合もあると思います。

 

ぼくは「負け犬になったら遠吠えたらいい」と思っています。

なぜかというと、負け犬になって遠吠えた時に、近くに寄って声を掛けてくれる人って本当に良い人か、その時の自分にとって絶対に必要な人だから、です。

負けた人が遠吠えることで本当に必要な人が声を掛けてくれるし、近くにいてくれてることがわかる。

これを、「負け犬の遠吠えなんてかっこ悪い」なんて思いながら「自分は平気だよ全然辛くないよ」って強がっていると、周りの人も、「あ、あいつは負けてるけど全然平気なんだな」って寄って来る人が変わってしまう。

 

自分に素直に正直に

逆に、勝ち犬(あんまりこういう言い方はしないけど。)になったら遠吠えない方が良いとも思っています。

勝ち犬に人が寄ってくるのって、本当にその人を尊敬していてって場合もあるけど、勝ち犬の権威やお金に寄ってくる場合もあるもあるから。

でも、負け犬の場合は権威もお金も名誉もなにもない(はず)。

だからこそ、負け犬の時に寄ってきて助けようとしてくれる人はとっても大切だと思うんです。

あ、ただ、負け犬の弱った心に付け込んでさらに何かをしゃぶり取ろうっていう根性悪い人も中にはいるからそんな人には気をつけなきゃいけないけど。

そうやって自分が負け犬の時に誰かに救われたとしたら、いつか自分の周りで誰かが負け犬になって吠えていたら、自分がしてもらったように声を掛けてあげることができるんじゃないでしょうか。

負け犬救済連鎖です。

 

どんな吠え方がいいのか

というわけで結論、
負け犬になったら全力で遠吠えたらいい。

どんな遠吠えをするかは、人それぞれ考えてみるのがいいと思います。

相手をなじったり、いびったり、ののしったりしているとそれはただの悪口で魅力的には映らないからやめた方がいい。

ぼくが今まで出会った負け犬は、負けて笑えない時に笑っている人が多かったですね。
負けは負け、惨めは惨め。そこはちゃんと認めた上で何かがいけなかったかちゃんと考え、次はどうしようかと顔をあげている。そんな人を見て、周りは応援しようと思うのかな、なんて思います。

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