人は、いつ死ぬと思う・・・?

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「人は いつ死ぬと思う?

心臓を銃で撃ち抜かれた時?……違う。

猛毒のキノコスープを飲んだ時?……違う!!!

…人に忘れられた時さ…!!! 」

 

漫画ワンピースの登場人物でチョッパーを育てた医者、ヒルルクの言葉です。

 

みなさんは、人はいつ死ぬと思いますか?

 

ヒルルクが言うには、人は、人に忘れられた時、死ぬ。

裏を返せば、その人の存在が誰かの心に残り、話題に上がったり、たまに思い出したりすることで、その人は生き続けているということになります。

素敵な思想ですね。

 

人は寿命でしか死なない

違う考え方もあります。

「人は寿命でしか死ねない」

老衰というわけではありません。どんな死に方でも、それはその人にあらかじめ決まっていた寿命という考え方です。

病死・事故死・自殺・他殺・、、、俗に言う「死に方」はいろいろあります。

でもそれらは「死因」であって、どんな死に方であっても、その時がその人にとっての寿命だったと。

 

 

しかも、人生は「タイムリミット(時間制限)」がある有限旅行みたいなもので、帰りの飛行機の時間はもう決まっている。

しかも、忘れているだけで、その帰りの時間はあらかじめ自分が決めて生まれてきている。

と、だんだん怪しい話になってきましたね(笑)

 

日本では、「死」の話をすることはとても嫌がられます。死んだらその先どうなるか分からない。「分からない」というのは不安を生み出す怖いものだから。だからいろんな考え方があるんだと思います。

 

 

この考え方をもう少し考えてみると、

人がどんな形で亡くなったとしても、それはその人にあらかじめ決まっていた寿命ということは

それは何十年後かもしれないし、数年後かもしれないし、1時間後かもしれないし、10分後かもしれません。
それは誰にも分かりません。

 

 

そう思うと、「今日」という1日に何をするかってすごく大事じゃないですか。

 

「昨日」この世を旅立ってしまった人がどんなに生きたかったか分からない「明日」を、ぼくたちは「今日」という形で生きています。

楽しく過ごさないのはもったいない。

 

保育園で「もったいないばあさん」という絵本をたまに読みますが、「時間」を粗末に扱っていると、もったいないばあさんがどこからかやってきます。

 

 

今日も明日も昨日もない

さきほど、「今日」という1日に何をするかってすごく大切じゃないかといいましたが、ホントは今日も明日ないんです。「今を生きる」という言葉をよく言われたりしますが、確かにその通り。

 

ぼくたちは生まれてから今日まで「今」という瞬間を生きている。

 

というか、ぼくたちの肉体は「今」という瞬間以外を生きることができません。

 

 

簡単に言えば、算数の話なんですけど、

「昨日」と「今日」の切り替わりって、23時59分と0時00分の1分間に起こりますよね。

まず前提として、時間を巻き戻すことはできないから、タイムマシンでもない限り「過去」に戻ることはできません。

 

 

じゃあ、「今日」と「明日」の切り替わりは??

23時59分と0時00分の切り替わりでしょうか?

 

たとえば昨日の夜、

「明日は◯◯に行くぞ〜」とか「明日は◯◯と会うぞ〜」「明日は◯◯するぞ〜」って思っていましたよね?

 

それで、時間が流れて、、、

 

今、

この記事を読んでいるあなたがいる場所は「明日」ですか?

 

「今日」ですよね?

 

「明日」やろうと思っていたのに、「今日」やっちゃってますよね。

「明日」というのは常に頭の中にあるもので、ぼくたちには「今日」しかないんです。

 

「明日やろうはバカヤロウ」と言われますが、その通り。明日を迎えることは一生できないのだから、明日やろうなんて最初から無理ゲーなんです。

 

 

 

「今」しかない

もう少し深掘りしてみます。

これも算数の話なんですが、小数点が入ってきます。

読み終える頃には、ぼくたちは「今」しか生きられないというより強い確信を得ているかもしれません。

 

0と1の間には、

0.1、0.2、0.3 〜 0.8、0.9と細かい数がありますね。

 

小数点を勉強した大人なら簡単にわかることです。

 

 

じゃあ0.9と1の間はどうでしょう?

細かく見れば、0.91、 0.92、 0.93 〜 0.98、 0.99となりますよね。

 

 

そうやって数字をみていくと、 0.99と1の間には

0.991 〜 0.999があって、

 

 

0.999と1の間には、

0.9991 〜 0.9999があるわけで、

 

 

0.9999と1の間には、

0.99991 〜 0.99999があることになります。

 

こうやって続けていったら、

0.99999999999999999999999………………….

一体いつ1になりますか?

 

でも学校の算数ではそう習いますね。

 

 

時間も数字

じゃあ話を「時間」に戻して、

23時59分と0時00分はいつ切り替わるのか?

 

23時59分58秒、、、、23時59分59秒、、、、

23時59分59秒1

23時59分59秒2

 

と進むわけですが、

 

23時59分59秒9までいっても

23時59分59秒9.1

23時59分59秒9.2と続いていきます。

 

一体全体いつになったら切り替わるのでしょう??

 

今ぼくたちが「今日」だ「明日」だと言っているのは、

人間たちが勝手に決めて「23時59分の次は0時00分にしようね」「そしたら日付が変わることにしようね」って共通理解してるからカレンダーや曜日が成り立っているだけで、「昨日」も「明日」も、考え方としてはあるけど、生きることはできない。

 

 

ぼくたちはオギャーと生まれてから、大人になった今の今まで、23時59分59秒と0時00分00秒の間にいるんです。ずーっと。

 

時間というのは本当は「今」だけしかなくて、「今」がずーっと続いている。

だから「今しか生きることができない」ということになるんじゃないでしょうか。

 

 

まぁ、これも考え方の1つでしかないんですけどね。

 

 

さいごに

 

自分の寿命がいつ終わるのかは分かりません。

でも死ぬ日が寿命の終わる日だということは分かります。

 

そして、ぼくたちは「明日」を生きることはできません。「今」を生きることしかできない。

 

だから、

ぼくたちは、

いつ寿命が来ても良いように、

「今」を楽しく笑うんです。

 

ぼくたちの体って、どんな時でも、笑顔になると良い気分になるように作られているんですって。

 

あと気をつけなきゃいけないのは、自分で勝手に寿命を決めないことかなって思います。

5年後に寿命が来ると勝手に予想して、ホントは20年後だったらあとの15年間が大変です。

考えたって分かるものじゃないんだから、そんな打算的に生きなくても、ね。

 

ぼくの好きな言葉があります。

『Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.』
インド解放の父、マハトマ・ガンジーの言葉です。

『明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい』

 

ぼくたちは「今」しか生きられないんだから、明日は来ないと思って生きなさい。

でも、寿命がいつ来るかは分からないんだから、「今」が永遠に続くと思って生きなさい。

 

やっぱりガンジーすごいですね。国1つを動かす人間の言葉はエネルギーがあります。

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