『眼(め)』が物語るコト

アイキャッチ画像 ヒガンテ保育士

スポンサードリンク

Pocket

 

どうも。

今日は「眼」について、

先ほどシャワーしながら思ったことを書いてみようと思います。

自分が忘れないためにも(笑)

 




 

 

スピリチュアル系や仏教の話には、

「魂は眼に宿る」とか「何度生まれ変わっても眼だけは変わらない」とかって言われるコトがあります。

 

それに日本語には「目力(メヂカラ)」って言葉はあってよく耳にするのに、

「鼻力(ハナヂカラ)」

「口力(クチジカラ)」

「耳力(ミミヂカラ)」

「触力(サワリヂカラ?)」

なんて言葉は全然耳にしません。

 

 

そういう言葉もあるのかもしれないけど、

きっとそれは「聴力」とか「匂いが嗅げる力」とか

感覚器官としての能力を表してる言葉だと思います。

 

その見方で言えば、眼には「視力」っていう言葉があるんだから、

「目力」とは分けて考えていいと思います。

 

 

昔から日本人は、眼には力が宿る、

つまりは「魂が宿っている」くらいに考えていたんじゃないかな。

 

 

だから今でも

「人と話すときには相手の「眼」を見て話しましょう」

って学校でも社会の接遇講習でも口すっぱく言われるんだろうな。

 

 

「死んだ魚のような目」とか言うけど、

瞳が澄んでいるのか、輝いているのか、

曇っているのか、濁っているのか淀んでいるのか、

それによって相手の人となりを感じることができるってことなんでしょうね。

多分このことは誰にでも経験があるんじゃないでしょうか。

 

「あの人の目はなんか怖い」

「あの人の目はなぜか魅力的じゃない」

とか、

「あの人の目は輝いてる」

「あの人の目にはすごく惹きつけられる」みたいに、

理屈じゃないんだけどそう感じるってこと多いと思います。

 

 

 

で、今日のシャワー中の話。

今お話ししたような「やっぱり目力って大切なんだろうなー」なんてことを考えていて、ふと

 

 

「あぁ、だから英語で自分のことを『I(アイ)』と呼ぶのか。だって、eye(目)もアイだもんな。

英語を作り出した昔の人も同じこと考えてたんだなぁ」って、

 

ぼくのどの記憶と回路が繋がったのかわかりませんが、そう思ったわけです。

 

久しぶりに頭上に電球ピカーン!て感じだったので、記事にしておこうと思いました。

 

 

ちなみに、

ひらめいた瞬間、無意識に口を開けたみたいで洗い流し中だったシャンプーが口に流れ込んできてめちゃくちゃマズかった(笑)

 

 

まぁなんにせよ、

英語でも日本語でも「眼(瞳)」というものには重要な意味があると、

それこそ魂が宿ってるくらいの勢いで語り継がれてきてるんだってことを強く意識しなきゃなと思った、夏の終わりのシャワータイムでした。

 

 

 

あと、目のことを考えていたから

ついでに「瞳(ひとみ)」の話なんですが、

 

「瞳(ひとみ)」という漢字は「目」と「童(わらべ)」で成り立っていて、

「童」は子ども、

つまり、「子どもような目」というのが本来の「瞳」の姿なんだろうと思います。

 

 

口にするときに「目(め)」というよりも「瞳(ひとみ)」と言ったほうがなんとなく美しい感じがするのは、

そこに子どものような無邪気さや素直さを感じるからなのかなって。

 

 

だからきっと、

大人でも「子どものような目」をしてる人って輝いて見えるし、

魅力的に見えるんだと思います。

 

 

そしてもっと言えば、

だからこそ子どもは目が綺麗なんだろうと思います。

彼らは自分で意識していなくても「子ども」であり「子ども心」を持っているから。

 

 

それからもう1つ、

漢字の部首の一つである「りっしんべん」というのは「心」を表しているらしいです。

 

その「りっしんべん」に先ほどの「童(わらべ)」をくっつけると、、、

 

「憧」。「あこがれ」という漢字になります。

 

これはこれは、きっと人は「子ども心を持っている人」、もしくは「心が子どものような人」には憧れるということですね。

 

 

ぼくの周りにも何人かいます。

大人になっても子どものように明るくて素直で元気な人。

そんな人は周りから頼られ尊敬され、「憧れられる」存在になるんですよね。

 

 

ぼくは保育士として子どもと関わるけど、

綺麗な瞳明るくて無垢な心を持った子どもに憧れてるのかもしれません。

 

と言うより憧れてます。笑

なんであんなにキラキラしてるんだろうっていつも思います。

だから子ども一緒にいるのは楽しい。

だからこそ保育士という仕事が楽しくて楽しくて仕方がないんだろうなぁって。

 

 

シャワー上がりに脱衣所で体を拭きながら、

そんな風に考えが発展したヒガンテ保育士でした。

 

 

今日の気づきは

「『I』と『eye』が同じ『アイ』であること」

 

書きながら思ったけど、

『愛』も『アイ』だから人は愛の塊でもあるわけか?

 

いや、『I』は英語、『愛』は日本語だ。

頭ん中ごっちゃごちゃ(笑)

 

 

まぁいいや(笑)

 

 

今日も1日すこぶる楽しかった。

明日はもっと楽しみます。

 

ではでは、おやすみなさい。

 

 

 

 

ちなみに、最後の漢字の話、元ネタはこの前読んだひすいこたろうさんの本です。

100%がぼくのヒラメキではないので、ちゃんと紹介しておきますね!

 

漢字の見方が変わり、そして人生までガラリと変わるかもしれない素晴らしい本です。

学生から社会人まで、日本に生きて漢字を使う人にはものすごくオススメですよ。

特に小学生や中学生の子どもたちに教えてあげたい内容です。

 

 

 




Pocket

スポンサードリンク

アイキャッチ画像 ヒガンテ保育士

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です